ただ、自然体でいるということ

弛緩するコミュニケーション

文章は勝手に踊り出す

最初はブログを書くということがとても億劫だった。特にタイトルや書き出し。

 

書き出す前に、あれを書きたい、あの人のような文章を書きたい、あれを紹介したいという様々な気持ちがよぎる。

 

ちょっと真似してみたりもするのだけれど、どこかで、まるで自分の欠いた文章ではないような感じがして、気分が悪くりその先が続けられなくなる。当然お蔵入りである。

 

けれど、なんとなく、気持ちに任せて文章を書いてみると、書きたいもの、吐き出したいものがスラスラと出てくる。

それはまるで自分が見てほしかったもの、聞いてほしくてウズウズしていて溜まっていたものが、ワーッと飛び出てくるようで、我ながら色々と溜め込んでいるんだなあ、と感じる。

 

僕の脳から画面をタップする指先に直接送られる文章は脱線だらけで、ひどくまとまりがない。

 

けれど、それもまた目的地のない旅のようで楽しいものだ。

 

このようなものでもよければ、ぜひこれからも付き合っていただきたい。

女性と長期的な関係を築くということ

F子ちゃんにはキツい煮え湯を飲まされたが、不思議とダメージは少なかった。

 

むしろ余裕ができたといってもいいぐらいだ。

 

我ながらしたはたかなもので、なんだなんだ良好な関係は続いているし、そのうち隙があったら狙おうとすら思っている。

常にギラギラしているよりはそのくらいの関係のほうが健全なのかもしれない。

 

 

 

やるべき事が見えたのも大きい。

 

 

ナンパ師や恋愛工学生が愛してやまない「心がキレイな女」は実際に存在する。

 

確かに存在はするが、僕のようなちょっとひねくれた人間が普通の男と、メンヘラ男やガチなアウトローの人達との狭間に存在するように、彼女らもいわゆる普通の女と、メンヘラ女の狭間に存在する。

 

 

さらに、両者は惹き合うのだ。

同族だという認識があるのかないのかは分からないが、「類は友を呼ぶ」という言葉のとおりになる。


僕も正直よく分からないのだけれど、なんだなんだ普通に話ができて、話が合って、サクッと信頼関係ができたりする。不思議なものである。

 

問題はその先である。友達から恋人になるにはどうしたらいいか。


信頼関係を築くのは問題はないが、ここから恋愛として発展していくのには必須となる要素がある。

 


「その人はオトコとして魅力があるか?」

 


僕たちが魅力のない女の子を嫌うように、女の子も魅力のない男が嫌いだ。

 

好きになる「魅力」は人によって千差万別なのだな、どうも僕たちが愛してやまない「心がキレイな女性」というのは、身体的な魅力と、社交性や人間性をすごくしっかり見ているようで、ある程度のラインに達してないと容赦なく足切りを喰らう。

(不思議なことに、お金を稼いでいるかどうかはあまり関係ない)

 


僕は身体が貧弱だ。ジムもサボりがちで、体脂肪率も高いうえ身体も固く、セックスも上手くできない。

なのでまあ、その辺りから足切りを喰らったんだろうな、ということが容易に想像できる。

身体面に対してもっとストイックにならねばなるまい。

 

 

今の彼女もいい女性であることに間違いはないのだが、もうちょっと良い男の人が寄ってきたら僕はあっさり捨てられるかもしれないし、もう既に他に男がいるかもしれない。


無論、彼女の事は信頼しているのだけれど、「二人の関係はただの口約束で、どちらかがその気になればすぐに破棄できる」ことは念頭に置いておかなければならない。カレシカノジョなんてなんの拘束力もない、薄っぺらい関係なのである。

 

 

それを分かったうえで、彼女の事を大切にしていこうと思う。

いつでも切れる関係だからこそ維持する事のに努力がいる。

僕はいつも自分のことばかりだから、たまには他人のために頑張ってみるのも面白い。

また1つ前に進む

今の彼女とは別に好きな子がいた。胸がFカップくらいあるのでF子(仮名)としよう。

 

 

F子とは何度か飯に行き、お互いに色々な話をした。

 

セクトラもした。

 


セクトラの失敗

http://ma-rarely-ni.hatenablog.jp/entry/2017/10/20/204830

 

信頼関係も十分すぎるほどあったはずだ。

 

セクトラをした後も普通に喋ってくれたし、飲みに行くこともした。

 

 

 

飲みに行った時、僕が彼女を作って別れて、その間にちょっと遊んで、また彼女ができた話をした。

 

 

 F子は彼氏は長い間いないものの、特定の人と定期的に遊んでいた。 

 

 

「彼氏とかいらない」「まだ遊んでいたい」が口癖のF子だが、女の子の言葉というものは全くアテにならないもので、

 

僕が彼女と仲良くやっていること、一歩を踏み出したら上手くいったことを話していると、F子もだんだんと心を開いてきた。

 

 

 

「私だって、普通に彼氏作って、イルミネーションとか、水族館とか行きたい」

「いい加減落ち着いて、幸せになりたい」

 

 

そう言ったF子は普段の強がりでツンツンしている姿とは真逆の、純粋な乙女になっていた。

 

もうひと押しだな、と僕は思った。

 

 

「私独占欲とか強いから、他の女の子とかと喋ってるだけで妬いちゃうんだよね」

 

『別に嫉妬してもいいんじゃないの?それって好きの裏返しなわけだし。それを相手にどう伝えるかが問題なんでしょ。』

 

「えー。他の子と喋ってるだけでヤキモキするの、好きってことなの?」

 

『好きってことだよ笑。てか、今いるんだ、そういう人?』

 

僕は勝ちを確信していた。

 

 

「いるけど、えー、なんかその人とどうこうなりたいっていうか、そういうの考えてないし。なんか認めたくない笑」

 

『ええやん、そんなのあとから考えれば笑 その人のこと好きなの、素直に認めたら?』

 

 

「正直、認めたくないけど笑」

 

 

 

 

 

 

「変だって思わずに聞いてよ。私、R君が他の子と喋ってるの見てめっちゃヤキモチ焼くし、横に来ると心臓バクバクで、普通に喋れないの。」

 

 

勝ちを確信していた僕は、ただの道化だった。

 

 

 

R君は、野性が溢れる見た目をしているのだが口調は敬語で柔らかいうえ、天然ボケでとにかく面白い。

性格も優しく、真面目な面もあるが誘惑に弱い一面もあり、ひたむきで人間らしい人間と言えるだろう。

その見た目・性格から結構モテるのだが特定の相手はいない。女の影はチラついているものの、口が堅くあまり喋ろうとはしない。

 

彼はいわゆるナチュラルモテの部類に入る。

感情豊かで、面白くて、優しい。女の影もある。

そんな彼を好きになってしまうのも無理はないだろう。

 

 

 

まあ、ここまで信頼関係を築いたのにも関わらず一蹴されてしまった僕にも問題がある。

 

結局のところ男扱いをされていないのだ。

ビジュアルか、社交性か、あるいは両方か。

 

 

いい加減「ひたむきな努力家」や「ひとかどの人間」になる時が来ているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

いくら辛くても、また、立ち上がらなければいけない。

 

今日は、辛くて大きい一歩を、進んだ。

別れと出会い

初めての彼女と別れた。

 

期間にして2週間程度。

しょせん彼氏彼女なんて口約束に過ぎないんだな、と思う。

 

 

元々「とりあえず彼女を作ってみたい」といういい加減な打算からなんとなく付き合ってみただけ。我ながら無責任なものだ。

 

 

別れを切り出したのは僕からだった。

こんな関係は健全ではないから。あなたにはもっといい人がいるから。僕のことは恨んでいいから。少しだけでいいから考え直す時間が欲しい。

 

 

そんな軽薄な美麗字句を並べて別れを切り出した。

当然相手は渋る。ここで別れたら再び同じような関係になる事はないと予感していたのだろう。当然僕もそのつもりだったのだが。

そこをなんとか勢いで押し切った。僕が全部悪いと言って、関係を切った。彼女のワガママに付き合わされるのは正直限界だった。

 

 

自分が全部責任を負って別れたおかげか、信頼関係は(表面上は)まだ保たれている。

たまに遊びに行ったりもする。遊ぶ予定もあったりする。でももうセックスはしない。僕はそういう線引きをした。

彼女も求めてくるし、僕が求めたら彼女もそれに応じるだろう。でもそれは僕の望むところではない。

やりたくないことはやらない。ただそれだけのことだ。

 

 

 

彼女から求められて断った翌日、ネットで知り合ってかなり長く連絡が続いていた娘とのアポがあった。

 

いつもの駅。いつもの店。近くにホテルもある。いつもの導線を意識するだけでいい。

 

 

 

――けれど、僕は奇怪な行動に出た。

 

『告白』したのだ。彼女に。

 

上手く言葉が出なかった。いつもあれだけキレイな言葉を頭に詰め込んで、ルーティンも暗記して、自信満々に振る舞う事を強いられているはずなのに。

僕は弱気だった。

 

「なんか居心地良いし、一緒にいると安心できる。付き合お?」

「えっ、軽。それだけ?」

「うん。なんかよく分からんけど好きだわ、○○のこと。」

「いいよ笑」

 

 

書いてて恥ずかしくなってくる。中学生かお前は。

 

 

 

そんなこんなで僕はまた薄っぺらい口約束を交わした。

 

その後キスはしたがホテルはやんわり断られた。

 

セックスくらい、急がなくてもそのうちなんとかなるだろうと思えるようになっていた。

初めての彼女

一回り年上の女性と付き合うことになった。

自分にとって人生で初めて彼女というものができたことになる。

ずっと世間一般でいう「付き合う」という感覚がよくわからなかったが、お付き合いを始めてから二人の仲が変わったかというと、別段何も変わっていない。

 

 

強いて言うなら、僕と会うときは「彼女」の化粧が濃くなり、どこか女っぽくなり、少し積極的になった事くらいだろうか。

 

 

何度か露骨に誘われはしたが、自分の体調が最悪だったこともあり、まだ何も致していない。

 

女性側から誘うということがとても勇気のいる事なので、それを無下にしている事に対しては申し訳なく思っている。

 

女性は年を取ると積極的になるという話は本当なのかもしれない。

 

まだ致していない理由の一つに、相手をあまり「女性」として見れなかった、という点がある。

 

元々好きになったのは彼女の姉御肌な部分であり、僕が告白したのもそこに惹かれたからである。

彼氏を同時に何人も作っていた豪胆な人である。破れかぶれで告白した。その中の一人でもいいからと。

僕は彼女に振り回されるのを期待していたのだろう。

 

 

しかし、現実はそうはならなかった。

 

彼女は、今までいた彼氏を全員フッて、僕の告白を受け入れた。

そして僕の前に現れたのは、あまりにも純粋な「女の子」だった。

 

 姉御肌の豪胆な彼女が、恋愛の一つもしたことがないような女の子に突然変身しまったことに僕は辟易した。一回り年上の女性にそんな風に甘えて来られるのは正直言ってキツい。

 

性的な魅力があればまだ良かったのかもしれないが、それが乏しいのが残念なところである。

僕も結局、一匹のオスなのだな、と気付いて少し悲しくなった。

 

 

外見ではなく内面に惹かれて好きになったのに、その内面が崩れてしまった今、僕は彼女とどう向き合っていけばいいのか分からない。

 

 

 

セクトラの失敗

女友達にセクトラを仕掛けて失敗した。

 

 

今考えるとかなり雑なものだった。

 

何も考えず、明るいだけのただの居酒屋で対面で座って普通に飲んで、愚痴って、お互いのことを喋った後にただなんとなくホテルに行こうと誘っただけだった。

そんな事で女の子が付いて来る気になるだろうか。

 

 

そんな気になるわけないよな。

 

 

 

普段なんとなく仲が良くて、話が合って、何かの間違いで許してくれるんじゃないかと思っていた。

 

そこには確実に甘えがあった。

自分でも何とかなるかもしれないという甘えだ。

 

 

 

準備と努力を怠った者には女神は微笑まない。

 

 

もっと本気になって挑まないと駄目だ。

 

半端な構えでは何も得られない。

むしろ相手を下に見ているのが露骨に出てしまい、不快な気分にさせるだけだ。

 

そう考えると、本当に失礼な事をしてしまったなと思う。

 

 

もう一度、きちんと向き合う必要がある。

完膚なきまでに準備してから挑まなければならない。

 

本気になった時にしか、チャンスの女神は微笑まない。

外に出なければいけない

ふと思いたって、LINEの中身を整理していた。

 

 

ただ作業的に消していただけなのに、トークなどから当時の記憶が蘇る。

 

ぜんぶ綺麗に忘れたかったのに、色々と嫌な事を思い出してしまう。

 

 

仲の良かった友人たちともう何年も連絡を取っていないこと。

 

久々に連絡をしてくれた友人をぞんざいに扱ってしまっていたこと。

 

バイト先でキャラに合わないLINE回収を繰り返していたらチャラい奴扱いされた事。

 

小悪魔女子にフル非モテコミットして砕け散ったこと。

 

 

 

 

昔の自分が嫌いだ。

 

今ならもっと上手くやれたのに、とか、なんでそんな馬鹿なことをやったのか、とか、そういう気持ちにずっと苛まれる。

昔は楽しかったという人達の気持ちがさっぱり分からない。

昔のことなんて、思い出しても辛くなるだけじゃないのか。

 

 

地元は捨て、母校も捨て、友人も消えつつある。

 

本当の本音を語れるのなんてもう3人くらいしかいないだろう。

 

僕はこれ以上何を捨てればいい。

もうこれ以上捨てたくないんだ。

きっと、これ以上捨てたくないから、得ることに対して億劫になっている。

身の丈に合わない物を持っても、捨てる時に辛くなるだけじゃないのかと。

 

 

 

短期的に人との距離を縮めるのはとても簡単だ。テクニックさえあればどうにでもなる。

しかし、僕が真に向き合うべきは人と長期的に付き合う方法である。

 

 

こればかりは方法論だけではどうにもできないと、薄々分かってはいたのだけれど、机上の空論をこねくり回すのに必死で、現実に目を向けたくなかった。

 

 

 

「書を捨てよ、町に出よう」という言葉にもっと早く従っていればよかった。

 

 

捨てることを恐れずに、もっと拾わなきゃいけない。

拾い尽くして、それでも指の間からボロボロと落ちていくものに対して、無力感を感じなければいけない。

 

傷つくのを恐れることが、自分をずっと傷つけていた。