ただ、自然体でいるということ

弛緩するコミュニケーション

初めての彼女

一回り年上の女性と付き合うことになった。

自分にとって人生で初めて彼女というものができたことになる。

ずっと世間一般でいう「付き合う」という感覚がよくわからなかったが、お付き合いを始めてから二人の仲が変わったかというと、別段何も変わっていない。

 

 

強いて言うなら、僕と会うときは「彼女」の化粧が濃くなり、どこか女っぽくなり、少し積極的になった事くらいだろうか。

 

 

何度か露骨に誘われはしたが、自分の体調が最悪だったこともあり、まだ何も致していない。

 

女性側から誘うということがとても勇気のいる事なので、それを無下にしている事に対しては申し訳なく思っている。

 

女性は年を取ると積極的になるという話は本当なのかもしれない。

 

まだ致していない理由の一つに、相手をあまり「女性」として見れなかった、という点がある。

 

元々好きになったのは彼女の姉御肌な部分であり、僕が告白したのもそこに惹かれたからである。

彼氏を同時に何人も作っていた豪胆な人である。破れかぶれで告白した。その中の一人でもいいからと。

僕は彼女に振り回されるのを期待していたのだろう。

 

 

しかし、現実はそうはならなかった。

 

彼女は、今までいた彼氏を全員フッて、僕の告白を受け入れた。

そして僕の前に現れたのは、あまりにも純粋な「女の子」だった。

 

 姉御肌の豪胆な彼女が、恋愛の一つもしたことがないような女の子に突然変身しまったことに僕は辟易した。一回り年上の女性にそんな風に甘えて来られるのは正直言ってキツい。

 

性的な魅力があればまだ良かったのかもしれないが、それが乏しいのが残念なところである。

僕も結局、一匹のオスなのだな、と気付いて少し悲しくなった。

 

 

外見ではなく内面に惹かれて好きになったのに、その内面が崩れてしまった今、僕は彼女とどう向き合っていけばいいのか分からない。

 

 

 

セクトラの失敗

女友達にセクトラを仕掛けて失敗した。

 

 

今考えるとかなり雑なものだった。

 

何も考えず、明るいだけのただの居酒屋で対面で座って普通に飲んで、愚痴って、お互いのことを喋った後にただなんとなくホテルに行こうと誘っただけだった。

そんな事で女の子が付いて来る気になるだろうか。

 

 

そんな気になるわけないよな。

 

 

 

普段なんとなく仲が良くて、話が合って、何かの間違いで許してくれるんじゃないかと思っていた。

 

そこには確実に甘えがあった。

自分でも何とかなるかもしれないという甘えだ。

 

 

 

準備と努力を怠った者には女神は微笑まない。

 

 

もっと本気になって挑まないと駄目だ。

 

半端な構えでは何も得られない。

むしろ相手を下に見ているのが露骨に出てしまい、不快な気分にさせるだけだ。

 

そう考えると、本当に失礼な事をしてしまったなと思う。

 

 

もう一度、きちんと向き合う必要がある。

完膚なきまでに準備してから挑まなければならない。

 

本気になった時にしか、チャンスの女神は微笑まない。

外に出なければいけない

ふと思いたって、LINEの中身を整理していた。

 

 

ただ作業的に消していただけなのに、トークなどから当時の記憶が蘇る。

 

ぜんぶ綺麗に忘れたかったのに、色々と嫌な事を思い出してしまう。

 

 

仲の良かった友人たちともう何年も連絡を取っていないこと。

 

久々に連絡をしてくれた友人をぞんざいに扱ってしまっていたこと。

 

バイト先でキャラに合わないLINE回収を繰り返していたらチャラい奴扱いされた事。

 

小悪魔女子にフル非モテコミットして砕け散ったこと。

 

 

 

 

昔の自分が嫌いだ。

 

今ならもっと上手くやれたのに、とか、なんでそんな馬鹿なことをやったのか、とか、そういう気持ちにずっと苛まれる。

昔は楽しかったという人達の気持ちがさっぱり分からない。

昔のことなんて、思い出しても辛くなるだけじゃないのか。

 

 

地元は捨て、母校も捨て、友人も消えつつある。

 

本当の本音を語れるのなんてもう3人くらいしかいないだろう。

 

僕はこれ以上何を捨てればいい。

もうこれ以上捨てたくないんだ。

きっと、これ以上捨てたくないから、得ることに対して億劫になっている。

身の丈に合わない物を持っても、捨てる時に辛くなるだけじゃないのかと。

 

 

 

短期的に人との距離を縮めるのはとても簡単だ。テクニックさえあればどうにでもなる。

しかし、僕が真に向き合うべきは人と長期的に付き合う方法である。

 

 

こればかりは方法論だけではどうにもできないと、薄々分かってはいたのだけれど、机上の空論をこねくり回すのに必死で、現実に目を向けたくなかった。

 

 

 

「書を捨てよ、町に出よう」という言葉にもっと早く従っていればよかった。

 

 

捨てることを恐れずに、もっと拾わなきゃいけない。

拾い尽くして、それでも指の間からボロボロと落ちていくものに対して、無力感を感じなければいけない。

 

傷つくのを恐れることが、自分をずっと傷つけていた。

昔からクリエイターは神だった

久しぶりにニコニコ動画を開いて、なんとなくランキングを眺めていると、組曲『ニコニコ動画』という動画が目についた。



当時ニコニコの中で流行った音楽をメドレーにして10分にまとめたこの動画は、瞬く間にニコニコを席巻した。

その熱狂ぶりから人が人を呼んでニコニコ動画のコミュニティは爆発的に拡大し、インターネットで活動するアマチュアのボーカリストである「歌い手」を広める一因にもなったと記憶している。

この動画が投稿されてからもう10年が経つらしい。僕にとっては、まるで昨日の出来事のように感じられる。



当時中学生であった僕もまさしくこの熱狂の渦中にいて、熱心な信者であった僕はニコニコ動画の啓蒙活動に勤しんでいた。

何人もの友人をインターネットの沼に突き落とした。ボロボロのiPod nanoに入れて何回も聞いた。友達とカラオケで歌いまくった。その時は、とにかく楽しくてやっていた。



月日は流れて、沼の底に沈めたはずの悪友たちは這い上がって立派な社会人になり、自由を謳歌している。

いっぽうの僕は、未だに沼の底にいて、彼らを見上げているような感じがする。

僕はきっと、あの熱狂をもう一度と、ひそかに願っている。




思えば、あの頃からクリエイターは神だった。 

彼らは僕たちを楽しめるエンターテイメントを無償で、無給で、提供してくれていた。

当時の僕はそんなこと知るよしもなかったけれど、今になって彼らがどんな苦労や努力の果てに素晴らしい作品を産み出してきてくれたのか分かる。

ただ一瞬の狂宴のために、心血を注いで満足のいく作品を作る。

それでも次から次へとコンテンツが出てくるインターネットではすぐに飽きられて忘れられてしまうだろう。

彼らはそれで満足できたのだろうか。



僕も、かつての彼らのように、誰かを楽しませて、誰かを幸せにすることができるのだろうか。

セックストリガーを引かれたのは俺のほうだった

この前、初めて、普通の人とセックスをした。




ネットで知り合った女性と、飲んで、和んで、深い話をして、恋愛話をして、ボディタッチをして、ホテルに行ってセックスをした。




普通の女の子が、俺と抱きあっている。俺にキスをせがんでくる。俺のちんこで喘いでいる。
AVでしか見たことがなかった世界。俺がそこにいた。感動、の一言でしかなかった。



すごく気持ちよかったし、この子とまたしたいと思った。
失礼な行いがないよう、行為の後は紳士な立ち振る舞いをした。




また会おうねとLINEを送ると、既読無視。その後ブロックされていた。




顔が好みじゃなかったから?口が臭かったかも?セックスが下手だったから?割り勘にさせたのが悪かったかな?今回は真剣な相手を探していたのかな?




色々考えた。
考えてもしょうがない。俺の駄目なポイントが色々積み重なった結果、彼女の閾値に達してしまい、さようならされただけなのだ。




まさしくこの瞬間、俺は非モテコミットに陥っていたと言えるだろう。
セックスした瞬間は、「セックストリガーを引いてやったぞ!後はキープするだけだ!」なんて内心思っていたが、



「セックストリガーを引かれたのは自分だった」という事に気付くのには、すこしばかり、時間を要した。