ただ、自然体でいるということ

弛緩するコミュニケーション

昔からクリエイターは神だった

久しぶりにニコニコ動画を開いて、なんとなくランキングを眺めていると、組曲『ニコニコ動画』という動画が目についた。



当時ニコニコの中で流行った音楽をメドレーにして10分にまとめたこの動画は、瞬く間にニコニコを席巻した。

その熱狂ぶりから人が人を呼んでニコニコ動画のコミュニティは爆発的に拡大し、インターネットで活動するアマチュアのボーカリストである「歌い手」を広める一因にもなったと記憶している。

この動画が投稿されてからもう10年が経つらしい。僕にとっては、まるで昨日の出来事のように感じられる。



当時中学生であった僕もまさしくこの熱狂の渦中にいて、熱心な信者であった僕はニコニコ動画の啓蒙活動に勤しんでいた。

何人もの友人をインターネットの沼に突き落とした。ボロボロのiPod nanoに入れて何回も聞いた。友達とカラオケで歌いまくった。その時は、とにかく楽しくてやっていた。



月日は流れて、沼の底に沈めたはずの悪友たちは這い上がって立派な社会人になり、自由を謳歌している。

いっぽうの僕は、未だに沼の底にいて、彼らを見上げているような感じがする。

僕はきっと、あの熱狂をもう一度と、ひそかに願っている。




思えば、あの頃からクリエイターは神だった。 

彼らは僕たちを楽しめるエンターテイメントを無償で、無給で、提供してくれていた。

当時の僕はそんなこと知るよしもなかったけれど、今になって彼らがどんな苦労や努力の果てに素晴らしい作品を産み出してきてくれたのか分かる。

ただ一瞬の狂宴のために、心血を注いで満足のいく作品を作る。

それでも次から次へとコンテンツが出てくるインターネットではすぐに飽きられて忘れられてしまうだろう。

彼らはそれで満足できたのだろうか。



僕も、かつての彼らのように、誰かを楽しませて、誰かを幸せにすることができるのだろうか。