ただ、自然体でいるということ

弛緩するコミュニケーション

水泳とトランス

最近、というかだいぶ前から水泳をやっている。

 

ずっとできなかった背泳ぎをインストラクターの方に教えてもらったら25mを軽々と泳げるようになった。

 

それ以降背泳ぎにハマってしまい、延々と背泳ぎばかり泳ぎ続けている。

周りからはキチガイじゃないかとか言われるけどやりたいんだからしょうがないじゃないか。

(クロールは苦しいからあまりやりたくない)

 

その後もちょくちょくインストラクターの人に見てもらいながら、フォームを調整して、なんとかいいところまできた。

 

今日は初めて2000mを泳いだ。

とりあえず2000と目標を定めたはいいものの、泳ぎきった後は「まあこんなもんか」感しかなかった。

 

最初の500は辛い。

でも後は微調整しながら似たような動きをひたすら繰り返すだけ。

その中で良くなったり、悪くなったりする。

泳ぎながら考え事をしたりもする。

 

 

でも、決まって良い泳ぎができるのは、何も考えていない時だ。

目を見開いて、腰が浮いて、脚の力も抜けて、肩が回って泳ぐ。

それが自然にできている時。

自分の泳ぎの機微はもちろん、友人のこと、彼女のこと、日常のこと、過去のことや未来のことを何も考えていないときだ。

 

そう、トランス。

トランス状態にあるとき、1番良い動きができる。

 

トランスに入ろうと思って入れるものではないし、トランス状態を長く保つ集中力もないけれど、トランスにある時1番良い動きができている。

身体がそう覚えている。

 

 

大腰筋にトラウマが司る話ではないが、ふと、自分の身体は自分の脳・記憶力より多くの物事を覚えているいるものなのだな、と思った。