ただ、自然体でいるということ

弛緩するコミュニケーション

ここではないどこかを求めてー橘玲『80s』

80's』は、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』や『幸福の資本論』などで有名な橘玲氏による、80年代を主軸に据えた自伝である。

 

僕自身が90年代の生まれであり、80年代の作品は伝聞でしか知らないので、正直に言って分からない部分は多かった。世代の差というものだろう。

 

それに比べ、オウム以降の話は驚くほどすんなり入ってきた。個人的に興味があったというのが大きいかもしれない。

当時の僕はまだ幼稚園児だったが、一緒にテレビを見ていた祖母が、「どうしてこんな頭の良い人たちが…」と言っていたのを、今でも鮮明に覚えている。

自分自身、オウムという組織に惹かれるものがあるのかもしれない。産まれる時代が違ったら入信していたかもしれないな、とちょっと思った。まあ、自分のことなので、スピリチュアル系より、ポストモダンに行きそうではあるが。

 

 

作品を通して感じたのは、「華やかだったバブル時代」「バブル崩壊後の凋落」といった分かりやすいものではなく、ただ「80年代をどうにか生きた人間達のリアル」であった。作者を含む様々な人達がただ必死にもがいて生きているというリアルがしつこく迫ってくる。まるで自分が編集や育児に追われている気になる。個人的な感覚としては「この世界の片隅に」を観たあとのそれに近かった。

当人たちには過去でもなんでもなく、ただ生きていたリアルがそこにあったのだ。

 

 

以下は、読んでいて気に入った部分の引用である。

前後の文脈は踏まえたつもりでいるが、自分の思想に都合が良いように恣意的に抜き出している部分が多々あるが、この引用群は作品の背景あってのものなので、少しでも気になった方は是非本書を読んでいただきたい。

 

 

  

社会のルールを踏みにじり良識に反抗するのは、いつだってぞくぞくするものだ

 暴走族のインタビューに同行する場面。

僕はこれに全面的に同意する。速度制限を無視して車をぶっ飛ばしたり、学校や仕事をサボってダラダラするのはとても気持ちが良いのだ。

とはいえ、反抗やスリルだけで生きて行く術を知らないので、時々エッセンスとして嗜む程度でいい。

 

しかし、残念なことに“清純な女の子”などどこにもいなかった。自分が勝手につくりあげたイメージを他人に押し付けて、それが“規格”に合わないと言って怒るのではあまりにも大人気ない。

 非モテだった頃の自分に聞かせてやりたいし読ませてやりたい。ついでにぶん殴ってやりたい。

「女の子は規格にハマっているモノ」と思っていた。全然そんな事はないのだある。

女の子は、とても現実主義で、冷酷で、計算高く、そして優しくて可愛いのである。これを忘れてはいけない。

 

友だちを失い、ぼくはほんのすこし『大人』になった。

 『友人』なんて何人いなくなったか分からない。これから増えることもあれば、減ることもあるだろう。

僕の最初のそれは、私立中学に通い始めて、地元の友人や、学習塾の仲間などの全てと疎遠になったことから始まっている。

私立に行こうが、地元と疎遠にならない人もいるので、これは単に僕の性格なのだと思う。

 

社会の周縁でビジネスをしていると、ちょっとしたきったかけできったかけで塀の向こう側に足を踏み外してしまうのだ。

 経営者の方と話をしたり、自分の人生の展望を考える時に、いつも不思議と塀の向こう側がちらつくのだ。人生そのものを切った張ったのギャンブルだと捉えているからかもしれない。変な話だが、小学生くらいから刑務所に興味があったのもあるだろう。

そのうち何らかの形で「塀の向こう側」に関わることになるのかもしれない。良い形であれ、悪い形であれ。

 

ぼくが社会人になってはじめて出会った三人に共通するのは、メインストリームでは生きられないことと、成功への執着ではないだろうか。それを、夢という言葉に置き換えてもいい。

夢を持つことはたしかに素晴らしいが、それは人生を蝕んでもいく。

 読んでいて息が詰まった。

自分のことがピッタリと言い当てられている気がしたからだ。

メインストリームで生きていこうとせず、成功に執着している。夢などとは自分で思っていなかったが、他人から見たら夢なのかもしれない。

さらにいえば、僕の人生は、夢に蝕まれていると実感できてしまうからだ。

 

 振り返ってみれば、バカな頃がいちばん面白かった。だけど、ひとはいつまでもバカではいられない。そういうことなのだろう。

 昔はすごくバカだったはずなのに、逆立ちしても勝てないような存在というものを知り、さらに競争には終わりがない事を知ったあとは、なんだか世の中のほとんどのものが退屈でつまらないものになってしまった。

それからというもの、世の中の抜け道を探し、袋小路に当たっては引き返す、というような事を繰り返してきた。

そんなバカなことをしている時が一番楽しい。きっと自分は死ぬまでバカなのだろう。

 

 

 

旅はいつかは終わり、戻るべき家はない

なんだかんだと言いつつも、色々全部放り投げて、どうにかなりたい時は多い。

そういった時に、この言葉が脳裏に浮かび、自分を強烈にリアルに引き戻してくれる。

この話の後日談も作中に乗っていたが、正直、こんな風になりたくはないな、というのが自分が思ったところである。

 自分もこれからたくさん、藻掻いて足掻いて、泥臭く生きていく運命なんだろう。

そう思った一冊であった。